「破ったら針千本飲んでもらうからな、一護!」
「笑えねぇな。オマエならマジにやりそうだし。」
Dear My Princess または ワガママな僕の仔猫「おい一護、いいところなのに、どこ行くんだよ。」
「悪りぃ、すぐ戻っから。」
「大丈夫だよ一護、僕が変わりにやっとくから。」
「ありがとな・・・頼むわ水色。」
「行ってらっしゃい! じゃ僕の番だね~。 浅野さん、手が丸見えですよ。」
「敬語やめて~~!」
「浅野さんこそやめませんか、そのオヤジグギャグ。
啓吾と敬語をかけてるの、僕らもう7年も聞いてますから。」
クリスマスイブ。
どのホテルでも華やかなパーティーが催されているが、ここ、苗場スキー場のとあるロッジ風ホテルもイブらしい喧騒につつまれていた。
ロビーには大きなツリー。
金と銀に統一された装飾に、ちょっと懐かしい風情のミラーボールの光が反射している。
10あまりのテーブルには若者中心のスキー客が陣取って、グループ内で主に男女の親睦を深めたり、他のグループにコナをかけたりと、
今夜をハッピーに過ごすための駆け引きが行われているようだ。
「・・・にしても水色。イブにこんなトコで、ヤローとつるんでていいのかよ?」
「いやだなぁ。本来クリスマスっていうのは家族で過ごす日なんだよ?
【恋人と過ごす日】なんていうのは、日本人が勝手に作った習慣だからね。」
「じゃ、クリスマスプレゼントもなしって事か?」
「僕を誰だと思って言ってます? それより啓吾もヒトの心配より自分を優先させた方がイイよ。
ホラ、ツリーのそばのメガネの子、さっきからこっちを見てるよ。
30秒以内に声かけないと、他の男に取られると思うけどな。」
水色の言葉を最後まで聞かないうちに、浅野啓吾は女の子を誘うために席を立った。
そして浅野がいなくなると、タイミングを見計らったように、小柄で大きな瞳が印象的な女の子がそばにやって来た。
「私が代わりになってあげましょうか?」
「助かるよ。やり始めたゲームはちゃんと勝負をつけなきゃね。」
極上の笑顔を彼女だけに見せて、水色はゲームを続けた。
「きのう初めて見た時もスゲェって思ったけど、マジにプラネタリウム以上だな。」
ロビーを後にした一護は、寒さの中2階の部屋のベランダに立ち、夜空を見上げていた。
彼の鼻も耳も指先も、外に出て5分も経たぬというのに、寒さで赤く染まっている。
やがて一護はベランダの手すりに積もった雪を払い丸太をつかむと、そこから身を乗り出して叫んでいた。
「ルキア! この星空がお前へのプレゼントだ。受け取ってくれ!!」
その叫び声は凍てついた真冬の夜空に吸い込まれ、やがてもとの静寂が訪れた。
「うわっ! 俺、今すっげー恥ずかしい事言った。誰も聞いてねーよな?
こんだけ寒けりゃ窓開ける奴はいねーし、みんな下で盛り上がってるし・・・」
一護はすっかり冷えた体で1度身震いをすると、再び星空に目をやってから室内に入った。
仲間のいる階下へ戻るために鍵をかけ、腕時計に視線を落とす。
「8時11分。ルキアはもう部屋に戻ってんな。」
黒崎一護、22歳。
都内にある、歴史があり一応名門と呼ばれる大学をもうすぐ卒業予定。
(学部によって偏差値にかなりの幅があるのだが・・・)
彼が朽木准教授と知り合ったのは、剣道を通してだった。
本来接点のない間柄ではあったが、武道の絆とは深いもので月日と共に気心も知れ、妹の家庭教師として声をかけられる程の信頼を得ていた。
それがもう1年前の事だ。
「朽木先生には親子ほど歳の離れた妹がいる。」
非常に可愛がっていると噂には聞くが、誰も見たことのなかったその妹は、ルキアという変わった名を持っていた。
中学2年というが、小学生と見まごう程の背丈ときゃしゃな体躯。
色白で小さく整った顔はアンティークドールのように可愛かったが、ひとこと言葉を発すると、外見とのギャップに腰が抜けるほど驚いたのを覚えている。
両親にとっては、歳を取ってから授かった掌中の珠。
兄にとっては、兄である以上に自分の娘のように世話をし守ってきた目に入れても痛くない至上の存在。
初めて会った朽木ルキアは、大切に扱われる事に慣れ、愛される事を当然と受け止めてきた、生意気な13歳の少女だった。
さて一方朽木白哉にとって黒崎一護という男は、後輩の面倒見が好く、また妹が二人いる・・・という点でルキアの家庭教師としてふさわしく思えた。
また、派手な外見に相反して、女性関係が地味である点も加点された。
この点は大切な妹と接する上では最重要ポイント、であった。
ところがそういう白哉の思惑とは裏腹に、家庭教師と妹とが恋愛関係になるのにさほど時間がかからなかったのは、なんとも皮肉な結果であった。
教え始めた矢先の期末テストで大幅に順位を上げたルキアに、家族一同大いに感謝し一護の株は急上昇した。
その結果、年末年始の行事にも家族同様参加させたのがいけなかったと、白哉は後に後悔した。
1月14日のルキアの誕生日。
当然のごとく誕生会に同席した黒崎一護が、妹にプレゼントを渡す。
すると妹は、兄に対しても滅多に見せたことのないとびきりの笑顔で礼を言ったのだ。
その刹那、白哉は黒崎一護に対して殺意にも似た嫉妬を覚えた。
だが彼を家庭教師に選んだことを心底悔やんだのはそれから1分後、こともあろうに20歳そこそこのヒヨっ子が、14になったばかりの妹を嫁にほしいと言い出した時だった。
あまりにも非現実的な申し出に、誕生日の余興と勘違いした両親は、二つ返事で了承してしまった。
光の具合で紫色に輝く瞳をきらめかせ、ほほを桃色に染めいつにもまして可愛らしい我が子に目を細める父と母。
戯言と信じているから口も軽く、結納は帝国ホテルが良いだの、結婚式はいっそ二人きりで外国で挙げてはどうだの・・・他人事だから言えるような事をまくしたて、
「これはめでたい!」と実に愉快そうに笑っていた。
ところが翌朝、昨夜の戯言が本気であったと知った時、両親は冗談で済まそうとしたが、結局朽木家の姫の泣き落としに勝てる者など誰一人いなかったのだ。
こうして朽木白哉は、自らの手で最愛の妹をほかの男にくれてやる愚をおかした。
もちろん、妹が成人するまでは決して手を出さぬと血判は書かせたし、破れば二度と立てぬ身体にしてやると自らにも誓った。
また密かに二人を引き裂くために、フェロモン全開系美女を一護に近づけさせるなどの策も講じてみた。
ただこれは、二人を偶然目にしたルキアが激しく落ち込み臥(ふ)せってしまったため、以後は行っていない。
大学生と中学生のカップルには、ルキアに合わせ、中学生としての常識内での付き合いのみが許された。
午後5時の門限を守ること。
行き先と連絡先を知らせること。
けっして2人きりの場所へ行かぬこと・・・
黒崎一護はひとつの事を守りぬくオトコ。
婚約(?)から約1年経った今も、約束はかたくなに守り通していた。
それをルキアが不満に思っているなどとは気付かずに。
ルキアの成績は最初こそ大幅に上昇したものの、その後はアップダウンを繰り返し、両親をハラハラさせていた。
「もっとイイ成績をキープすればご褒美にキスしてやる。」
くらいの人参をルキアの鼻先にぶら下げてやればヤル気も起こるのだろうが、残念ながら一護にその柔軟性はなかった。
「『希望校に合格したらディズニーランド!』って私を子供扱いするにもホドがある!!」
そんなトコロは兄様と何度も行っている。
兄様とは夜のパレードも観たし、閉園までいた事だってあるのに・・・
一護に背伸びしたいルキアの乙女心が分からないように、ルキアには、一護がルキアを宝物のように大切にしている気持ちが分からなかった。
伸び悩んでいるとはいえルキアの成績は、最低のEランクからなんとか五分五分のCランクまで上がり、2学期からはB判定とC判定を行き来していた。
「あとひと息!!」
「ここがふんばりドコロ!!」
耳にタコが出切るほど聞いてうんざりするセリフだが、受験が近づき一護の家庭教師の回数も増えたことは、ルキアには何より嬉しかった。
師走に入って1日おきに一護に会える、いぇ勉強を教えてもらえるようになり、デートは出来なくてもルキアには幸せな日々が続いていた。
ところが突然、大学の仲間と約束があるから12月23日から家庭教師は休みだと告げられたのだ。
(雇い主である両親と白哉には事前に知らされていた。)
ルキアはショックだった。
クリスマスに、恋人である私より友人を選ぶのか?
私は一護にとって、そんなに軽い存在という事なのか?
「お前はいつからクリスチャンになったんだ?」
と、一護はふくれっつらのルキアの髪をわざとクシャクシャにしながら笑って見せた。
「会えない・・・つっても10日だろ? 正月には帰って来るし。」
「11日だ、バカ者!!」
強い言葉で怒鳴っていても、瞳はうるんでいるし、声もわずかに震えているルキア。
そんな様子のルキアに胸が熱くなった一護は、ルキアの両肩をつかむと、長いまつ毛に縁取られた大きな瞳を覗き込むように顔を近づけこう言った。
「毎晩8時になったら、5分間夜空の星を眺める・・・ってのはどうだ?
たとえ遠くに離れていても、恋人同士が同じ時に同じ事をして過ごすんだ。
俺にしちゃロマンティックな提案だと思わねぇか?」
「恋人同士が同時刻に同じ行為をして、相手のことを想うのだな?」
自ら使った『恋人同士』という単語を鸚鵡(おうむ)返しにされて思わず心拍数が上がった一護だったが、ルキアの涙は引っ込んだようでひとまずはホッとした。
「分かった。窓ガラス越しではなく、ベランダに出て星を眺める!たとえ雨でもな。」
「ちょっ・・・・この時期に風邪ひいたらどーすんだ?雨のときは出なくてイイから!!」
「分かった。私は約束は必ず守る。
だから一護も絶対だぞ。破ったら針千本飲んでもらうからな!」
「あはは・・・笑えねぇな。オマエならマジにやりそうだし。」
一護は笑顔が戻ったルキアと、その日は並んで朽木家で星空を眺めた。
2人は、つないだ指先から流れてくるお互いの気持ちを確かめて、幸せに浸っていた。
あの日から今日まで晴天が続き、今夜も星が瞬いて(またたいて)いる。
東京で2日、ここ苗場で2日目の午後8時の星空。
あまりの星の美しさにルキアに見せてやりたいと、2人で並んで眺めたいと・・・・
いや、次は一緒に見るんだと、一護は心の中で誓いをたてていた。
苗場で一護がそんな誓いを立てていた頃、東京の朽木ルキアは4日目の星を眺めて・・・はいなかった!!
とはいえルキアも昨晩までは、自宅でちゃんと星を眺めたのである。
1日目・・・10分前からコートを着込んでベランダに出る。
一護も自分を想いながら星を眺めているんだと思うと、自然と頬が緩んでくる。
2日目・・・昨日寒くてあの後悪寒(おかん)が走ったので、8時ちょうどに外へ出て眺める。
一護は明日から東京にいないんだと思うと、涙で星がかすんで見えた。
3日目・・・一護の奴、今晩は苗場の夜空を眺めているんだな。東京よりキレイだろうな。
でも、よく考えたら恋人が受験をひかえているのに【滑り】に行くなんて、あやつはデリカシーのかけらもない!!
それに男だけ……っと言うが実は向こうで女性グループと待ち合わせしているのかもしれない。
明日はクリスマスイブだし、旅行先だ。
あのおかたい一護でも、女の子とおしゃべりでもしているうちに、約束の8時を過ぎてしまうかもしれない・・・
ルキアの思考は限りなくマイナス方向へ向かっていった。
そして12月24日金曜日。
昨晩一睡も出来なかったルキアは、重い頭をかかえながらも、ある決意をしていた。
「一護がちゃんと約束を守っているか、この目で確かめてやる!」
午後8時30分。
苗場スキー場の、とあるロッジ風ホテルの側に、BMW535iの白い車体があった。
「ルキア、これ以上外にいては風邪を引く。」
5本目の煙草の火をもみ消すと、白哉はおもむろに口を開いた。
車にもたれる白哉からは、顔をあげ星空を眺め続ける妹の後ろ姿しか見えないが、ルキアがどんな顔をしているのか、察しはついた。
煙草5本分で、涙は止まったに違いない。
「兄様・・・」
「ああ、私にも聞こえた。」
「私は、今ここにいる事が恥かしくてなりません。
一護を信じていたつもりでしたが、どこかで疑ってもいたのです。
一護は今まで一度だって約束をたがえたことが無かったのに・・・
知っていたはずなのに・・・いつでも私のことを一番に考えてくれると。
それなのに私は、わずか3日で一護を疑ってしまいました。
私は、わがままで子供っぽい独占欲のかたまりで・・・
それに一護を疑うばかりか、兄様にまでご迷惑をかけて・・・」
「私は構わぬ。お前の気がすんだのであればな。」
白哉にすすめられてリアシートに座ると、そこにはやわらかな毛布と、お気に入りのチャッピーとワカメ大使のぬいぐるみが用意されていた。
「昨夜は悪い夢でも見たとみえて、目の下にくまが出来ている。
家まで一眠りしておくといい。」
白哉の低く落ち着いた声はルキアの耳朶(じだ)を快くうって、毛布とぬいぐるみの柔らかな肌触りと共にルキアを眠りに誘っていく。
そして頭の中では、さっき聞いた一護のセリフがリピートされていた。
「ルキア!この星空がお前へのプレゼントだ、受け取ってくれ!!」
「ありがとう一護。最高のプレゼント、確かに受け取ったぞ。」
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ここまでお読み下さってありがとうございました。
兄様と車についてですが、まず
自分で運転するだろうか?・・・という疑問はありました。
それから車種は、メルセデスかロールスロイスが似合うと思いましたがどちらも乗ったことがないので、見送りました。
(ベンツのEクラスの試乗車を運転したことがあるだけです)
そういう訳で、消去法でBMWになりました。
車体とエンジン(直列6気筒)とブレーキ、高速走行時(150キロ超)での安定性が気に入っていました。
電気系統が弱くて燃費も悪いけど、BMWだからそんなものです。
・・・あっ、無駄に車を語ってしまった(スミマセン)
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