05 | 2017/06 | 07

沖縄慰霊の日に聴いた『さとうきび畑』と『島唄』 

 6月23日は太平洋戦争末期「沖縄戦」の戦没者を悼む【慰霊の日】。
 4人に1人、20万人もの方が犠牲になったという沖縄戦。
 激戦地だった本島南部の糸満市摩文仁(まぶに)にある平和祈念公園で、沖縄全戦没者追悼式が行われました。
 安倍晋三首相やケネディ駐日米国大使をはじめ、岸田文雄外相、小野寺五典防衛相、山本一太沖縄・北方担当相など政府関係者も出席され、首相は「基地負担軽減に全力尽くす」と仰ったとか。甘言に終わらせないでほしいですね。


 ところで私はこの日、沖縄の歌を聴くのがここ数年の行事になっています。
 沖縄出身のアーティストの曲も聴きますが、どちらかというと沖縄の民謡や、沖縄戦を題材にした曲を中心に聴いています。

 本日のオススメはTHE BOOMの「島唄(しまうた)」。
 誰もが知っている曲ですよね。
 南米の方でも人気と聞いていましたが、2002年FIFAワールドカップ(日韓開催)では、アルゼンチンの応援曲だったんですねw(゚o゚)w

 で、この曲の誕生秘話というか、作詞作曲の宮沢和史さんが語った記事を目にしまして、改めて『島唄』を聴き直しているわけです。
0623.jpg
 これは、2005年8月22日 朝日新聞(朝刊)に掲載されたもので、続きはコチラで読めます。

▼『島唄』で検索して最初に出てきた動画
  そうじゃなくても涙腺ゆるいのにコレは( ;_;)



 アルゼンチンでも大ヒット!?アルフレッド・カセーロが日本語のままカバーした「SHIMAUTA」(2001年)。
 ↓のPVは、アルフレッド・カセーロが歌うシーンだけでなく、日本を意識したかのような映像やアニメーションが多用されています。
 そういった意味でも一見の価値アリ(^^)
▼『SHIMAUTA』PV


 『島唄』は名曲ゆえ、多くのカヴァーが発売されていますね。
 その中で女性ボーカルのを2つ紹介します。
 「アナと雪の女王」で話題のMayJさんと、「沖縄の歌手」で誰もが思い浮かべるだろう夏川りみさんです。
  ・May J. さん・・・硬質な高音。ピアノ伴奏
  ・夏川りみさん・・・突き抜ける高音。三線(さんしん)を弾きながら

 お二人ともとてもお上手で聴き応えがあります。
 でも個人的には、アルトの声やハスキーボイスの『島唄』も聴いてみたいなぁ・・・なんて(・ω<)

 そして沖縄の歌で私が最もよく聴くのが、森山良子さんの『さとうきび畑』。
 NHKの「みんなのうた」でも、ちあきなおみVer.と森山良子Ver.で2度登場したとか。
 『さとうきび畑』は、こども達もよく知っている曲。
 でも我が家のお気楽な息子は、これが沖縄戦によって父親を失った少女の歌だとは知らなかったんです>_<
▼森山良子「さとうきび畑」ライブ(2008.1.30in鎌倉芸術大ホール)


 アニメ歌手で有名な堀江美都子さんも歌っているんですよ。
 コロムビアで『みんなのうた』で取り上げられた曲のアルバムが作成された時、堀江さんがこの曲を担当したそうです。
 堀江さんは声がキレイだし歌も本当にお上手な方なので、後世に残したいよい曲をたくさん録音して頂きたいと思っています。
 そんな素敵な歌はこちらで聴けます→堀江美都子Ver.

 
 『島唄』と『さとうきび畑』を聴きながら、「歌」の力の大きさを改めて感じた慰霊の日でした。


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コメント

子供達を戦争の犠牲にしたくありませんね

見張り員さんへお返事です

大叔父さまのエピソード、文字を追うだけで胸が締め付けられるようです。
何か一大事が起きたとき最初に犠牲になるのが、弱者である子供やお年寄りそして女性
そんな世の中はあってはいけませんよね。

> しかし現在沖縄周辺は騒がしい、そして危険な状態ですね。
> 穏やかな南の島らしい風景でいてほしいものですが・・・

見張り員さんの物語を拝読したり、太平洋戦争の記録を目にするたび
「南の島はのんびりゆったりしていてほしい」 
と感じます。
一番争いのイメージから遠いのに、激戦地になってしまう南国。
沖縄や小笠原諸島から出来るだけ戦争の傷跡を除き、
「時間がゆっくり流れる島」本来の平和を取り戻してほしいと願っています。
  • [2014/06/26 01:11]
  • URL |
  • 見張り員 様へ
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

Re:沖縄慰霊の日に聴いた『さとうきび畑』と『島唄』

こんばんは
昨日になってしまいましたが「沖縄慰霊の日」でしたね。
私の母の叔父(私の大叔父)は戦時中招集されて陸軍の軍医でした。外地にこそ行きませんでしたが、沖縄に米軍が上陸寸前まで沖縄に赴任していました。19年の10月10日(沖縄では十十空襲、というのですが)の那覇の大空襲の時もいたそうで、子供たちが恐怖のあまり排尿困難になり尿道カテーテルを入れたという話を聞いたことがあります。
大叔父は20年に入るとすぐに南大東島に配置換えになってそのまま終戦になりましたが、『もしあのまま沖縄にいたら俺もあの中にいたんだな』と平和の礎を見て言ったということを聞きました。

しかし現在沖縄周辺は騒がしい、そして危険な状態ですね。
穏やかな南の島らしい風景でいてほしいものですが・・・

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